自社の事業や実態を知らない“外部”から、“自社経営”の支援や指導を受けることなど“あり得ない”と感じている経営者は、確かに今も少なくありません。その一方で、“経営者でありながら経営レベルが低すぎる”と、先生方に感じさせる経営者も、多いのではないでしょうか。
場合によっては、“外部支援はあり得ない”と考える経営者と“経営レベルが低すぎる”と感じさせる経営者は、“同一人物”なのかも知れません。そして、それこそが“外部機関”が“経営に関与”しようとする時の“壁”になるのでしょう。
ただそれは、人事・労務をベースとした“組織経営”という重要経営テーマを受け持つ社会保険労務士事務所が、経営者に“更に深く受け入れてもらう”ために、超えなければならない“壁”でもありそうなのです。

1.経営者は行き詰まった時にしか“経営”を意識しない

通常、経営者は、万事うまく行っている時に、経営に関し“外部の力”を借りようとは思わないでしょう。もちろん経営自体はうまく行っていても、給与業務や手続き業務につまずくような時には、社会保険労務士事務所を頼るはずですが、ソフトの高度化や利便性が進む中で、“業務のみ”でつまずく企業は少なくなる傾向にあると言えます。
そして、それが徐々に、“社労士事務所が好ましい料金を得られない”という事態につながりかねないわけです。
ところが、“経営自体”に行き詰まっている企業への支援は、それがたとえ“手続き業務に限る”契約だったとしても、面倒な部分が増えるに違いないのです。なぜなら、そこに企業と士業の“経営観”の違いが生まれるケースが多いからです。

2.問題解決を外部に“丸投げ”する経営者の発想

人が、病気になって改めて健康を意識するように、企業経営者も、経営に行き詰まって初めて“経営”を意識することが少なくありません。ただし、その時に意識される“経営“は、本来的なマネジメントではなく、問題解決法、あるいは業績改善法の“企画=アイデア”に近いことの方が多いのです。
企業経営者は、実際に“状況を具体的に改善して欲しい”わけです。そして、あろうことか“経営支援”を唱える外部機関なら、問題を解決してくれるはずだし、そうでなければ“経営支援者の看板を下ろすべきだ”とさえ感じることがあるのです。
そんな経緯の中で、“経営”はどんどん“誤解”され、その理解が歪んで行きます。つまり“経営=問題解決”という思い込みが増長されて行くわけです。こうなると、その企業も経営者も、外部機関には“手が負えなく”なってしまいます。
自分が取り組むべき改善を、外部機関に丸投げして、傍観者になってしまうからです。傍観者ならまだしも、外部機関を批判し始めるかも知れません。

3.弓を射る人をイメージすると経営支援の“在り方”を掴みやすい!

では、どうすれば良いのでしょうか。
それを考えるには、弓を射る人をイメージすることが効果的だと思います。弓を射る人の“目的”は、まさに矢を的に当てることです。苦境に陥った経営者にとっての“経営”は、まさに“苦境からの脱出”という的を射抜くことなのです。
そのため、スランプに陥った射手が“短絡的”な思考に走るなら、“的を巧妙に射抜く射手”の真似をするようになります。深く考えずに成功者を真似る経営者が、こうして増えてしまうのです。
そして、その成功例を学ぶ姿勢の延長として、外部機関に“成功のアイデア”を求めるようになります。そのため“事業上での成功(的を射ぬくこと)”と“マネジメントの本姿(射手としてのスキル向上とその指導)”を峻別するところから、発想を起こして行く必要があるのです。一口に言うなら、経営は“的を射抜く技術”であって“的を射抜くこと”自体ではないという発想が基礎に置かれるべきなのです。

4.力のある経営者が成功事例を真似る前にすることとは?

もちろんそれでも、“経営の本姿”は的を射抜く技術の向上にありますから、優れた射手を真似ようとする前に、“自分の現実(今のレベル)”を認識することから始める必要が出て来るのです。矢が的を射抜かないのは、そもそも非力故に、矢を的まで飛ばせないからかも知れません。あるいは、弓の糸の引き方が歪んでいるため、弓のパワーが正確に矢に伝わらないからでしょうか。
それ以前に、そもそも“矢が飛ぶ角度”を知らないために、的の狙い方自体に問題があるのかも知れません。いずれにせよ“現実を知らない”なら、鍛える方向性が定まりません。そのため、まずは“具体的な問題の発見”が何よりも重要だと言えるのです。
もし、射手の非力が原因なら、筋トレの専門家が支援しなければなりません。糸の引き方がおかしいなら、弓道の名人の指導が不可欠でしょう。その際、筋トレは給与体系や就業規則、あるいは人事制度等の“組織経営法”を意味するでしょうし、糸の引き方は、それらの経営法の“運用”を指すことになります。

5.多くの企業に通用する“経営支援”とは?

射手の指導者が、その問題によって多様なように、経営者の支援者や指導者も、その経営者が抱える問題によって多様であるべきでしょう。ただ、それならなぜ、世の中に“経営指導の専門家”が存在“できる”のかと問いたくなります。
それは、あらゆるスポーツが、体力や筋力を作ることをベースにしているため、体力や筋力の増強の指導者が、あらゆる競技に求められるのと同様、経営の基礎を教える主体は、“多様な問題に共通する基礎”を指導し、そこにある問題を解消するからです。しかも、その企業が“非力故に矢が飛ばない”射手のような状況なら、経営の基礎力を強化することが、そのまま“具体的な解決”につながることもあり得ます。
そのため、たとえば、“規則や制度によるルール経営”をテーマにして、経営の基礎力を強化するだけでも、非常に多くの企業の経営が改善する可能性が出るわけです。的を射る基礎技術が向上すれば、当然的を射抜く確率は上がります。組織経営法の改善で現場の士気が高まれば、業績は自ずと上がると言うことです。
しかし、基礎だけでは解決しない問題も、決して少なくありません。そのため経営指導に救われたという企業がある一方で、コンサルティングは詐欺師同然だと揶揄する企業も出て来るのでしょう。

6.マネジメントとは何をどうすることなのか?

そんな“誤解”を招かぬよう、“経営=マネジメント”の意味を、経営者としっかり共有することから始めなければなりません。
経営者は、既に申し上げた通り、マネジメント力向上よりもむしろ、“ビジネス活動での成功”自体を目指す傾向があります。そんな過度のストレスの中で、“外れた矢の軌跡”を検証するよりも、むしろ“次の矢は外さないぞ”とばかりに、新しい行動に挑む衝動に駆られること方が多いでしょう。しかし、経営技能を改善しないまま、新たに矢を放っても、的を射抜く確率を上げるのは難しいのです。
ただそれは、経営者が“愚か”だからではありません。一人前の射手になるには、理屈抜きで、まずは“射て、射て、射続ける”日々から入る必要があるからです。特に、弓道のようにルールが定まった競技ではない“事業”の経営では、“経験”しなければ、実際自分がどんな競技に取り組んでいるかさえ分からないこともあります。そのため、考えるより先に試しを続ける習慣が身に付き、それが、なかなか経営者の心から“抜け出さない”だけなのではないかという気がするのです。
その意味では、若い経営者には理屈ではなく“行動”の重要性をも、教えなければなりません。無手勝流(自己流)でも、理屈をこねて何もしない経営者より、成長が早いからです。

7.経営指導(マネジメント)は“事業活動の分析”!

しかし、無手勝流が通じなくなったら、経営者は“事業実践一直線”から“マネジメント視点”の併用を求めるべきです。
マネジメント視点とは、射手が射続ける一方で、そのフォームや矢動、弓や矢の材質、あるいは風等の外的条件を測りながら、的から外れた角度と距離を、いちいち把握するような活動を指します。
一口に言うなら、“事業活動の分析”だと言えるかも知れません。無手勝流で矢を放てるようになった射手は、この“分析”を通じて、ようやく一人前になると考えるべきなのです。
その意味では、経営者は実践家であり、マネジメントの支援者は分析家であるべきなのです。実践家と分析家は、いわば水と油のようなもので、そのままでは融合しないのが普通です。そのため、経営者が組織経営法を学んでも、社会保険労務士事務所が事業見識を増やしても、なかなか両者の間の溝はなくならないのだと思います。
ところが、経営支援者が“実践的分析家”になる時は、話は別です。

8.“実践的分析家”とは…?

一般の分析家なら、たとえば“就業規則上の不備”等を発見した時点で、仕事が終わります。もちろん、それだけでも貴重な業務です。しかし、それに“実践性”を付与しようとするなら、その“不備”が、どのような問題を引き起こしているか、あるいは引き起こす懸念があるかについて、その組織の現実に関連させて指摘できなければなりません。
たとえば、解雇が発生する時に、トラブルが起こりやすい要因は何なのでしょうか。それは就業規則の明確化によって、どのように解消されるのでしょうか。あるいは規則ではなく、その“丁寧な運用”によってしか解消されないものかも知れませんし、そもそも、従業員に対する経営陣や上司の“姿勢”が問題なのかも知れません。
場合によっては、それらの要因の全部が、少しずつ影響していることもあるでしょう。しかし、いずれにしても『御社事業活動の“ここ”が原因だと推測されるため、こんな規定と運用法とともに、組織内の“意識”を、こんな方法で、こうした方向に変えて行く必要があるのではないですか』という指摘を伴うものが、実践的分析だと言えるわけです。

9.実践的分析の“効率的な実践法”

ここまで来ると、『そんな面倒で難しいことが、事業実態が分からない外部支援者のビジネスとして可能なのか』と問いたくなります。もちろん、考え方次第で可能ですし、ある意味で容易なのです。
たとえば、刑事が犯罪を立証するような場合、証拠だけに頼ることはありません。必ず容疑者を取り調べます。そしてむしろ、証拠は“容疑者の発言”を裏付けるものとして存在することが多いのです。
容疑者と経営者を同列に置くのは失礼でしょうが、実践上の経営問題も、経営者と対話し、その発言を“検証する”時に見つかるケースが少なくありません。事業実践者は、多くの場合、事業上の問題を“直感的”に把握しているものです。ところが、その把握が“分析的”でないために、改善の道筋をイメージできないことが多いのです。
問題は漠然と直感すれば“不安”に留まり、具体的に分析すれば“行動につながる意志が生まれる”のは、特異なことではないでしょう。

10.士業の経営支援者宣言とは?

つまり、経営者の“事業実感”や、現状に至った経緯を“対話”の中で見つけ出しながら、規則や制度で対応できることを見つけ出して行くだけでも、経営指導は実現するということです。
たとえば『最近、同業者に転職する人が増えて…』という対話の中で、転職者が“事業”ではなく“会社”を嫌がっていることが分かると、給与の水準や体系、労働時間や有給休暇の消化度合い、あるいは昇給昇格の(暗黙の)ルール等から、改善すべき点を見つけ出しやすくなるということです。
いずれにせよ、経営者と“マネジメント感覚の対話関係”を築ける時、そこには自然な形で“経営指導や経営支援”に至る道筋が生まれるものだと言えるのです。そして、その“分析実務”の重要性を、企業と士業が共有する時、そこには“事業改善を士業のビジネス”にするチャンスが見えて来るでしょう。
今、士業は“経営支援者宣言”をすべきだとか、“士業の日常業務”の中に、企業が有料でも欲しい実務が眠っていると、常日頃申し上げているのは、以上のような背景があるからです。

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