人事評価制度:なぜ多くの経営者は使えないか?

ある経営者から『人事評価制度にピンと来ない』という《悩み》を聞きました。しかも『年功序列の方が分かりやすかった』とも言うのです。もちろん、既に年功序列では《従業員満足》が得られないのは、その経営者もご承知です。では、そんな《悩み》と向き合うなら、どんな《突破口》を探し出せば良いのでしょうか。

(執筆:森 克宣 株式会社エフ・ビー・サイブ研究所)

1.客観性を基礎に置く人事評価制度

人事評価制度は内容が多様ですので、全てを同じくくりで捉えることはできません。しかし、先の経営者が『年功序列の方が分かりやすい』と言っていたことからすると、その経営者が手にしている制度は《客観性》を重んじているものなのでしょう。
人事評価制度に限らず、今日の《理論》はしばしば《客観性》や《抽象性》に重きを置くのが普通です。たとえば、製造部門での《成果主義》では、生産高不良率あるいはコスト削減率等を数値化し、営業やサービス分野では販売実績クレーム数等を評価項目として設定するケースが少なくないということです。

2.誰も一人では実績を実現できない

たぶん、この《客観主義=数値化》は、《能力》や《取り組み姿勢》のような目に見えないものを見る時よりは評価しやすいと《思える》はずです。ところが、その経営者は『生産でも販売でも、誰も一人で実現できることではないよね』と言うのです。不良率やクレームの責任も《誰にどの程度あるか》は、ケースバイケースです。
コスト削減についても、特定の担当者の《働き》に全てが関連付けられるとは限りません。しかも『給料の高い人が作ったり売ったりしたらコストアップになるとしたら、それ、そもそもおかしくないか?』とも言うのです。

3.制度だけを見れば妥当性を感じる

つまり、その経営者の悩みは、『制度だけを見れば客観的で公平にも見えるけれど、実際の現実を客観的に捉えるのが難しいから使いにくい』ということのようなのです。
年功序列なら、誰もが客観的に計算できる《年齢》や《勤続年数》で評価できるため、経営者も従業員も悩まないで済むわけです。『ただ、従業員皆が同じように年齢を重ねると、年功序列では労務費と人件費は大きくなるばかりだけどね…』という冗談で、経営者は話を終わらせようとしました。しかし、冗談では済ませられないでしょう。

4.抽象的な理論だけでは解消が困難

現代は《抽象化と客観化》が良しとされる環境下にあります。そして近未来を向くAIは、その傾向を更に推し進め、評価であれ何であれ、条件を入力すれば《自動的に答が出る》仕組みを求め始めているのです。ただ、それがしばしば《現実的な公平感=感情》と衝突するのではないでしょうか。
なぜなら、1つのモノやサービスを作ったり売ったりする時、その経営者が言われるように、その成果やミスを一人に帰結させることの方が難しいからです。製造のアシスタントは、私が良い材料を調達したから成果が出たと思いますし、営業サポートは私が作った資料で売れたと考えます。そんな《業務の複合体》の成果を《特定の人に帰す》時に、制度は不公平感を否めなくなるのでしょう。
逆に、そんな状況を回避しようとすれば、制度はどんどんと《多様な条件》を求めて《複雑》化してしまい、運用できないものになってしまうのだとも捉えられるのです。

5.共有可能な考え方の枠組みを作る

そこで、その経営者とこんな話し合いをしてみました。それは『数値化できるものは数値化するとしても、昇給や昇格を決める《考え方の枠組み》を明確化することから始めればどうか』というものです。
その中で、《その仕事や役割を任せられるかどうか=①委託可能性》、《何を期待されているかの認識を経営陣と共有できているかどうか=②理解共有度》、《③活動努力が昨年より進化したか退化したか=③成長度合い》、《その人の仕事が誰にどのように役に立ったか=④有益業務性》の4つの認識から始めれば良いのではないかという方向に、話は進んで行きました。

6.地位や報酬の基礎部分の決定視点

しかも、従業員の地位やその地位の報酬基礎部に関しては《①委託可能性》だけで定められるのではないかと捉え始めます。たとえばリーダーという《役割を委託》できる従業員には、《幾らの基準報酬を支払う》とできるからです。
そして、《②理解共有度》《③成長度合い》《④有益業務性》を《補足評価事項》として《基準報酬》にプラスマイナスするわけです。
この考え方では、概ねではありますが、『しっかり自分の役割を果たせ』『会社の期待を理解しているか』『技能や働き方を進化させられているか』『他のメンバーの役に立っているか』と、経営者が《常に》従業員に問い掛けることを意味します。

7.客観的な評価項目をどう作るのか

『客観的(公平)な評価項目を《どう》作るのか』と、経営者は問います。ただ、その疑問の素は、《評価項目に当てはめて管理者やリーダーを決める》という《自動化発想》にあるのではないでしょうか。現実には、経営陣が《適任》あるいは《他者と比べて妥当》と捉えた役職者を《どう処遇するか》が制度の役割になるはずなのです。
逆に《役職者になるための基準》などを作ってしまうと、役職者候補が見つからなかったり、複数の候補者間の選択になったりしてしまいます。
ただ、役職登用理由が《ブラックボックス》にならないよう、任務遂行に際して《②理解共有度》を確認しておく必要は大きいと思います。もちろん《③成長度合い》《④有益業務性》の指摘も重要です。
社長は、『そんな主観的なものでいいの?』と反論します。

8.経営は機械ではなく人が行うもの

考え方自体は、確かに《主観》的かも知れません。しかし《経営》を行うのは《機械》ではなく《人=経営者》です。そのため、固定された評価項目に頼るより、経営者の《思い=主観》を可能な限り分かりやすく伝えることこそが重要なのではないでしょうか。
しかもその思いの表明が、《①委託可能性》《②理解共有度》《③成長度合い》《④有益業務性》をテーマとして実施されるなら、労使間の共通理解を育てる道を見つけやすくなるはずなのです。
双方が平行線のままでも《妥協点》を探すことは可能でしょう。その妥協は本来《契約》と呼ぶべきものです。そして、《契約》の観点に立ち返って、《こんなは働き方で、こんな成果を出そう》という共通認識を目指すなら、自己評価が高くなる傾向がある現代感覚の下でも、労使の《協働》を目指しやすくなると言えるのです。

9.評価を契約のテーマに置き換える

上記の4つの項目が妥当かどうかは別として、《評価のテーマを、相互の約束(契約)テーマに置き換える》なら、固定的な評価項目作りに留まらず、社内での《合意》あるいは《理解共有》という《大事》なものが見えて来ます。
ただ、その経営者は『2つ質問がある』と言いました。その1つは『どうやって合意をとるのか』であり、2つ目は『たとえば、管理者という役割を担わせる人材がいない時はどうするか』というものでした。
1つ目は『経営者が基本方針を作って、従業員の見解を聞く機会を持ち、必要ならば双方が譲歩するし、譲歩できないなら経営者案の《試行期間》を定め、一定の期間を置いて再び話し合う』という形を取り得るでしょう。

10.益々重要になる労使の間の仲介者

2つ目の『管理者の適任者がいない』という点については、管理者の理想像を最初から追い掛けず、経営者が『他者に比べて適任だ』と思える人を選んで、そのベースとなった《①委託可能性》の捉え方を社内公開するという方法が必要だと申し上げられます。
その際にも、《②理解共有度》《③成長度合い》《④有益業務性》を、経営者と登用された管理者が共に《チェック》して行くという姿勢の表明も欠かせないでしょう。
私たちは誰しも《理想から程遠い存在》です。そのため理想的な制度を作っても実践できません。ただ同時に、私たちは《理想を見失いたくない存在》でもあります。そのため、少しでも理想に近い制度を作りたくなるのです。つまり、追い求めるべきものは特定個人の理想ではなく、人と人との間の《相互納得性=契約》だという認識に至らなければ《有効に使える制度》は作れそうにはないのです。
その意味では、今のような社会的価値観の中では、人事労務の先生は、経営者サイドに立って評価の在り方を語るより、経営者と従業員の間に立って、その組織の個別事情に合わせた共通理解や妥協点を探し出す《仲介者》であるべきなのかも知れません。

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