迷いや悩みの中にある顧客の《頭》の整理促進法

(執筆:森 克宣 株式会社エフ・ビー・サイブ研究所)

先生方から提言や提案をされた時も、相談を持ち掛けられた際でも、何を助言しても、ただひたすら《迷い》続ける人がいます。迷うどころか、どんどん《頭が混乱》して行くかのような人もいるでしょう。
そんな人の《迷い》や《悩み》に、どう《対処》し、どのように《整理》を促せばよいのでしょうか。あるいは、そもそも頭の《整理》のお手伝い等ができるのでしょうか。ご一緒に考えてみましょう。

1.初期の良好な反応に反して迷いに沈む顧客

たとえば給与体系の話から一歩踏み込んで、『人事評価制度』検討の段階に至った時、急に迷い始める経営者(Aさん)がいたとします。Aさんは『そうですよね。給与体系だけではなく、基本給の査定の仕方をきちんと決めておかないと、これからはやって行けませんよね』と、当初は乗り気の様子だったのに、時間の経過とともに、どんどんネガティブになってしまうのです。
それでも『いや、人事評価制度の話は、もういいです』とは言わず、何度も話を聞きたがります。

2.小さなことでも迷いが生じてしまうなら…

もちろん、そんな大きな話ではなく、次のアポを決める時に、驚くほど迷う経営者(Bさん)もいるかも知れません。なぜAさんもBさんも、そんなに《迷う》のでしょうか。そして、いったい《何》を《どのように》迷っているのでしょう。
『そんなの本人に聞けばすぐ分かる』とも言えますが、本当に迷っている人は、案外、自分が何にどう迷っているのかを《分かっていない》ものです。だからこそ、外からのサポートが必要なケースが多いのです。

3.そもそも《迷い》とはどんなものなのか?

では、そもそも《迷い》とは《どのようなもの》なのでしょうか。学問的には、様々な《説》があり得るのでしょうが、コンサルティングの現場経験から申し上げると、『迷いは《頭(思考)と心(感情)の葛藤の結果》生じるものだ』と言いたくなります。
Aさんは多分、人事評価制度があれば『従業員の給与への不満を解消する道が開ける』と頭では、それなりに把握しているのでしょう。もちろん《どんなレベルでそう思っているか》はケースバイケースですが、Aさんの頭は『やってみようよ!』という気分になっているのです。

4.感情が不安を抱いて頭に注意喚起を始める

ところが、そこへ『本当にうまく行くのか』あるいは『この先生は確かな人なのか』、更には『良い制度ができても《我が社》でちゃんと使いこなせるのか』という類の《不安》が感情を揺さぶり始めます。もしかしたら『そんなことにお金を支払って損をしないか』という勘定感情も生まれているかも知れません。
頭自体は、私たちが思い描くほどには複雑でもなさそうです。難しいことを考える時の頭でさえ、案外シンプルかも知れません。思い切ってシンプルに割り切らなければ、理論化や抽象化は難しいからでしょう。
ところが、感情はどんな人であれ、非常に《複雑》で《多様》なのです。シンプルに心を掌握できません。

5.やや劣勢の《頭》と強烈な《心》との葛藤

そのため『取り組もうよ』という頭のシンプルな問い掛けに対し、感情は『ああでもない、こうでもない』と言いながら、いちいち不安を指摘して来ます。しかも、頭の理屈は理屈で片付くのですが、感情が発する反論は、そもそも理不尽で不鮮明なために、結果として《迷い》を招きやすいのでしょう。
もちろん個人差はあるでしょうが、まずは、この《頭と心の葛藤の現実》を知っておく必要があるのです。私たちの感情が生み出す不安は、たとえば『いいね、人事評価制度を作ろうよ』という方向で頭と心が妥協したはずの後でも、《支援価格》を聞かされて『もったいない』と新たな攻撃を始めることもあり得ます。

6.感情(心)は直観的に他者の嘘を見破れる

その結果『迷っている人、悩んでいる人に理屈で対するのはムダ、あるいは逆効果』という《法則》が成り立ちそうなのです。そのため、提案者や相談受付者あるいはコンサルタントは、相手の感情を敵に回さないように、いったん理屈を断念して《相手の感情の方に寄り添う》覚悟が求められるようになるのです。
では《感情に寄り添う》とは、どういうことなのでしょう。感情に寄り添うための《第1姿勢》は、相手がどうであれ、当方は等身大の自分(身の丈にあった自分)でいる努力をすることです。なぜなら、相手の感情は頭と違って、非常に巧みに《嘘》や《見栄》を感じ取ってしまうからです。

7.可能な限り肯定的な姿勢でアプローチする

《第2の姿勢》は、可能な限り相手を肯定しようとる努めることです。たとえば、アポさえ決められないBさんに『いつならいいんですか』と、厳しい問い掛けを行うのではなく、『何か、大変な時にお約束を持ち掛けているようで申し訳ありません』という類の共感的言葉を投げ掛けてみるということです。
そうすると、Bさんは『いや、そんなことはない。次の火曜日の午後なら空いているよ』と言い出すかも知れません。Bさんには『私の忙しさを分かって欲しい』という感情があっただけかも知れないからです。そんな感情が収まると、今度は頭が働き始めるのです。アポは格段に成立しやすくなります。

8.イエスかノーかよりも重要になる程度提案

《第3の姿勢》は、前回の記事でも、別の角度から申し上げた選択肢の提供です。Aさんのケースに戻りますと、人事評価制度を導入するかどうかという《On-Off》提案ではなく、《どんな》制度を《どこまで》導入するかの選択肢を作るわけです。
たとえば、何らかの資格をとった人に報いるために、給与体系に《資格給》を加えるという程度から、業務内容や役職毎に《評価基準表》を作って、それを年次単位で運用するというところまで、様々な選択肢を提供してみるということです。

9.感情への配慮は信頼関係の基礎を強化する

こんな言い方をすると《悪意》に聞こえてしまうかも知れませんが、感情は《On-Off》や《Yes-No》には敵愾心や不安感を抱きやすい一方で、《選択肢》には意外に寛容的に接します。それは恐らく、選択肢の項目が限定される中で《好き嫌い》を判定しやすくなるからでしょう。好き嫌いは《感情の中核機能》です。
現状維持と新規制度導入のような《既知と未知》との比較ではなく、《未知の中でも最高に好きなものを選べる》ということの方が、感情には心地良いようなのです。
もちろん、その結果『未知の最高考のものより、既知が選ばれる』ケースはあるでしょう。提案は失敗です。しかし《建設的な対話》ができたのですから、その失敗は決して《信頼関係を失う》ようなものではなく、関係の継続や信頼関係の更なる強化に役立つという点で《成功》に属するとも言えるはずなのです。

10.以上の内容を簡潔に《取りまとめる》と…

以上をまとめますと、迷いや悩みに沈む人の背中を押そうとする時には、《基礎:迷いは頭と心の葛藤》であると捉えて、理屈で頭に訴えるより、感情に寄り添う道を選ぶことが肝要になるということです。
そして《第1姿勢:自分の等身大姿勢厳守》で、相手に余計な《負の感情》呼び起こされることを避け、《第2姿勢:相手を肯定する言動》に努め、最終的には《第3姿勢:選択肢を提示する》ことが肝要になると言えそうなのです。
その選択肢は、給与体系上の対応か人事評価制度作りかという《方法の選択肢》を加えたとしても、《どの程度まで深く取り組むか》という《程度あるいはレベルの選択肢》の方が有効でしょう。
方法の選択は《頭の得意分野》ですが、《程度選択》は感情の、こう言ってよければ専売特許だからです。

11.補足:選択肢検討には《頭》も参加させる

ただし、最終的な選択には《感情》ばかりではなく《思考》が参加できるような配慮が必要になります。たとえば、日程を決め切れなかったBさんに、忙しさへの共感によって感情を和らげることに成功したら、Bさんは頭を働かせるようになって《火曜日》を選びました。
給与査定で悩むAさんにも、『どんな制度も《程度差》や《自社の都合》で範囲やレベルを選べる』という感情の安堵があれば、給与体系をも含め、様々な方法を検討する《頭の活動》が復活し始めるからです。

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