ある工務店(A社)に、住宅メーカーから不具合指摘がありました。システムキッチンの流し台上部の吊り戸棚(壁や天井に取り付けるタイプの棚)が傾いて取り付けられているというのです。ところが、A社の取り付け担当者は、反省も謝罪もなく、むしろ《暴言》を吐きました。その時、社長は…。

1.新築住宅に入居した住人から来た修繕の要請

高級の部類に入る住宅で、入居者から『キッチンのシンクの上に取り付けた吊り戸棚が若干傾いている』というクレームが入りました。住宅メーカーは、さっそく工務店(A社)の担当者と管理者を伴って、現地を査察しました。
査察の結果は、『戸棚は傾いていると言えばそうも見える』という程度のものでしたが、住人は『(キッチンに立つと)気持ちが悪い』と引き下がりません。ところがその時、担当者が《水平測定器》を取り出して、『傾きは許容範囲だ。むしろ、天井や床の方が傾いているのではないか』と言い出したのです。

2.オープンに激怒できるのは顧客だけなのか?

その物言いに、当然住人は激怒します。そして、『天井や床と吊り戸棚が平行ではないと言っているのだ。君は、戸棚だけが水平なら、それでいいのか。その気持ち悪さが分らんか。その上、さっきの測定器検査では、完全に水平とも言えなかっただろう。しかも君の言うように、もし天井や床が傾いているなら、それこそ欠陥住宅ではないか!』と怒鳴りつけました。
住人の剣幕のすごさに、住宅メーカーの担当者も沈黙していましたが、後日の修繕を約束し、A社の2人を含む3人は帰路につきました。

3.元請けの担当者から受けた《厳しい》皮肉

帰り際に、それぞれの車に乗り込む際、住宅メーカーの担当者が、A社の管理者に『うちの床や天井が傾いていると言うからには、証拠があるんだろうね』と冷ややかに語り掛けたのだそうです。
しかし、パワハラが問題にされる昨今、A社の管理者は部下にどう言ってよいか分からず、車の中では一言も口を利かなかったのだそうです。部下も、憮然としたままでした。そして帰社後、管理者はことの顛末と部下の指導について、経営者に相談を持ち掛けたのです。

4.管理者の《行き詰まり感》を救った社長指示

相談を受けた社長は、『Bさんを呼んで』と管理者に命じました。Bさんとは、数年前に定年退職した後、個人事業者ではなく再雇用制度で会社に残ったベテラン職人です。そして、社長はBさんに『直して来て欲しい』と依頼したのです。
『あなたの部下を同伴させますか』と聞く管理者に、社長が『ことさらに恥をかかせたくはない』と言ったため、管理者とBさんだけで修繕にあたることになりました。
一旦傾いて取り付けた吊り戸棚を水平に直すのは、やっかいな仕事ですが、Bさんは小さな補強板を使いながら、クロス(壁紙)も剥がさずに修繕してのけました。住人は、Bさんの手際の良さに、感嘆の声を上げたそうです。

5.なぜ失敗をした担当者は意地を張っていたか

修繕結果の写真を見ながら、それまで意地を張っていた部下の表情が変わります。その心境を察してか、社長は、その部下に『どうしていいか分からなかったのだろう。そういう時は、偉そうに言わないで、ベテランに相談すべきなのだ。今回は、私が住宅メーカーに謝罪するが今後は気をつけろよ』と、念を押しました。
そして管理者にも『なぜ、君がいて(傾きを)チェックできなかったのか』と指摘し、2人に《それぞれの不手際が発生した要因が、明確かつ具体的に分かるような反省文》の作成を命じたのだそうです。

6.適切な指導と《ただ叱る》ことの違いとは?

A社の社長は、『どうしていいか分からない、あるいは、どうしてこうなったかが分からない部下を、お手本も示さずに、ただ叱るからパワハラになる』と言われます。そして、『なぜ自分の指導がパワハラになるのかを、具体的に把握しておかないと、現場の管理者は部下の失態を厳しく指摘できなくなり、その結果、部下も成長の機会を失う』とも指摘されるのです。
更に、パワハラ問題は『あれをしてはいけない、こう言ってはいけない、という禁止事項を叩きこむだけでは、(上が下を叱れなくなるため)逆効果だ』と、ある種の憤りを示されました。

7.禁止事項掲示板ではパワハラ対策にならない

吊り戸棚をやや傾いて取り付けたのは、ありがちなミスの1つだったかも知れません。しかし、その修復方法をイメージさせなければ、現場の担当者は《素直な反省》には、なかなか向かえないのです。『ではやってくれ』と言われてもできないからです。
そんな時、無闇に叱ってしまうなら、《できないことを強いるパワハラ》だとされてもやむを得ないでしょう。そのため《解決法》を教えるか見せるかする必要が出るのです。
そして部下には、《解決》に向かうには“誰に相談すべきか”も教えるべきでしょう。相談は、“どうすべきか”の一つだからです。
そうした《指揮命令法》や《行動のあり方》を教育するのでなければ、パワハラ対策は、ただの《禁止項目掲示板》に終わってしまいそうです。

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