毎月定額の顧問料や業務料方式が、社会保険労務士事務所にとって《好ましい形態》に見えたのは、長年《デフレ経済》が続いていたからかも知れません。インフレ化が進むと、固定的な料金体系は逆に《厄介なもの》になって行きそうだからです。では、今何を考えるべきなのでしょうか。
目次
1.インフレスライド式の値上げは困難
事務所の維持費は、不動産契約から水道光熱費まで、今後更に値上げされて行くかも知れません。物価上昇下では、職員の皆様や所長先生の給与や報酬の引き上げも必要になるでしょう。更に今後は、外注費や様々なサービス利用料の値上げが懸念される等、社会保険労務士事務所ビジネスの《コスト》は、益々跳ね上がって行くかも知れないのです。
ただ、だからと言って『諸物価上昇の折、顧問料や手数料を引き上げよう』とストレートに考えるのは、やや、難しいかも知れません。デフレが進んだ時に顧問料を引き下げていたなら別ですが…。
2.サブスクが流行しているのは何故?
しかし、固定的な顧問料や手数料の設定方式がインフレ社会で問題が出るとすれば、《流行》に衰えが見えていない《サブスク》契約方式も、限界に至るのでしょうか。否、そうでもなさそうなのです。
たとえばパソコンやスマホのアプリのサブスクなら、《利用者》が増えても、特段《手間が増える》わけではないので、インフレ下でも価格を据え置きして、顧客数を増やした方が、良い結果になる可能性があるからです。
カーリースでも、毎年新しい車を提供するわけではないので、メンテナンス料込みの契約形態でなければ、業者サイドのコスト増問題は小さいでしょう。むしろ新車代の値上がりは、カーリース契約の増加に繋がるかも知れません。
そんなビジネス形態だからこそ、サブスク方式が魅力的なのでしょう。
3.専門業の大幅値上げは容易ではない
では社会保険労務士事務所のような専門業には、今後どのような《可能性》があるのでしょうか。もちろん、現有契約のままで顧問料や手数料を値上げする方法がないわけではないと思います。今、人事労務分野では、法律や制度の改正が相次ぎ、企業にとって社会保険労務士事務所は、なくてはならない存在になっているからです。
しかし、それでも値上げ幅は小さくなるケースが多いでしょうし、場合によっては、法対応の手間の方が大きくなるかも知れません。そのため今は《+αの有料業務獲得》を実現する《提案力》強化の方が現実的かも知れないのです。
労務顧問や給与計算代行あるいは諸手続きの代行を提供する先に、一歩進んだ人事労務課題を《提案》するわけです。
4.専門業の収入確保を支える発想転換
もちろんその際も、収入より手間の方が大きければ、ビジネスとしては意味が薄いでしょう。しかも、手間を掛けないために業務をシステム化するとしても、システム投資が負担になります。システムを使いこなす人材も必要になるかも知れません。そのため今、《専門業のイメージ転換》あるいは《発想転換》が必要になりそうなのです。
その転換の方向性は、しばしば申し上げて来たことではありますが、《代行業》から《教育業》への転換です。つまり、社内規程や人事制度を企業に代わって《作ってあげる》のではなく、《企業が作れるよう指導する》ことを、専門ビジネスの柱の1つとして、まずは先生方が受け入れることが重要だと言えそうなのです。これが《第1の要素》です。
経済社会がインフレに向かう今が、その発想転換のチャンスかも知れません。
5.学術教育と実践指導との大きな違い
もちろん《教育》と言っても、労働法や人事制度の基礎を教えるわけではありません。学識を積んでも、企業が業績を維持拡大できるわけではないからです。
つまり、今の専門業に求められるのは、専門見識を教えることではなく、一口に言うなら『企業が業績獲得活動上で困っていることに、ちょっとした専門的な手を差し伸べる』ことだと言えそうなのです。
たとえば、社内の指揮命令系統が混乱してしまったり、新規採用が難しくなったり、給与に不満が出たりした際に、対処の方向性を示唆して、もし必要ならば有料で支援するという構えを持つことです。
6.求められるピンポイントの指導方式
たとえば『私は人事制度は支援しないし、関与先には制度が必要な規模の企業はない』というお声を聴くことがあります。確かに、体系的な人事制度は必要ない規模の企業は少ないかも知れませんが、従業員に先行きの希望を持たせて意欲を引き出すとともに、それを採用時に示したり、貢献や働きに応じた給与や賞与を公平に決めて不満の素を解消したりすることは、どんなに規模が小さくても必要でしょう。
逆に、小さな規模の企業の方が、体系的な制度の必要部分だけを使う必要があるという点で、先生方の専門的な手助けが必要になるケースが多いとも思えて来ます。
社内規程も、体系的あるいは大そうなものなら『小さい会社には阿吽の呼吸があるから』と否定的になり得ますが、『人が2人以上で働く時には約束事は必要だ』と捉えると、《効果的な約束》の必然性は否定できないはずです。それがないために、うまく連携プレーができないケースもあるのではないでしょうか。
7.定額料は引き下げ競争も起こり得る
逆に、クラウドシステムの活用指導が徹底して行けば、従来の手続き代行料やサポート料は、引き下げなければならなくなるかも知れません。給与計算代行も、企業の経営陣や担当者がシステムに慣れて行けば、同様の傾向になって行く可能性も否定できないでしょう。
それならば、その方向性を《先取り》することを考えても良いと言えそうなのです。これが《第2の要素》です。そして、前述の第1と第2の2つの要素が組み合わさった時に、専門業が《ビジネス》としての躍動を始めるのではないかと期待されるのです。つまり現状業務は、もちろん有料で教育しながら企業に移管し、専門見識が必要な部分は個別に有料提案するというビジネスモデルです。
8.見識をビジネスの流れに乗せて普及
『そもそも専門業は儲けなくても良いし、ビジネスである必要もない』という考え方もあるかも知れません。しかし、この20年間あるいは30年間、中堅中小企業に組織経営の意識や技術が浸透したでしょうか。中堅中小企業の経営者意識は、30年前に比べて大きく進化したでしょうか。『背中を見せる以外に、従業員を指導する方法を確立しているか』と、今問うべきなのではないでしょうか。
専門業が儲けるかどうかではなく、専門見識を《ビジネスの流れ》に乗せて、中堅中小企業の経営陣に《活用》しやすい形にすることこそが今、専門業の社会的役割として重要なのではないかと思うのです。そうしなければ本当に、独立ビジネスの将来は益々暗くなって行きそうだからです。