(執筆:森 克宣 株式会社エフ・ビー・サイブ研究所)
《士業の生産性向上講座》や《普通の士業業務の有料化講座》等で、見識や手法の《完成度》が重要になるとご指摘しています。ただし、その完成度は《相対的》なものであるとも申し上げました。その後、その相対性の《意味と程度》の捉え方について、ご質問をいただいていますので、以下にその《要点》を整理しておきたいと思います。
1.時の流れの中では真の完成は存在しない
レオナルド・ダ・ヴィンチの有名な肖像画に、《モナ・リザ》があるのは、ご承知の通りです。この肖像画は、レオナルドが執拗に《加筆》を行い続けたことでも有名です。特に、現実には存在しないはずの《人物の輪郭線を絵画の中で点描によって消す》ことに、ダ・ヴィンチが執着したという説もあるようです。
もしかしたら、レオナルド・ダ・ヴィンチは他界するまで、《モナ・リザ》の肖像画を《完成品》とは認めなかったのかも知れません。芸術的な《完成》とは、それほど深遠なものなのでしょう。
2.芸術の中にもある《下絵》という完成品
その一方で、彫刻に際しても作画時でも、ダ・ヴィンチは大量の《下絵=デッサン》を残しているとも言われます。もちろん《下絵》は芸術としての完成品ではありませんが、そんな《下絵》を欲しがる人も少なくはありません。
つまり、その下絵は《絵画》としては完成度の問題外なのですが、《下絵》としてなら、完成品つまり《買い手が付く商品》になるということです。芸術の世界でも完成度の捉え方で《商品》が生まれるとするなら、ビジネス界での完成度(商品性)が相対的だと申し上げるのは、むしろ当然でしょう。
3.ユーザー選択も商品化の重大要素の1つ
『それは、ダ・ヴィンチが歴史的な有名人だからではないか』とも言いたくなります。しかし、たとえば芸大の普通の大学生が下絵として描いた《人物像》が、『下絵はこうやって描くのだよ』というお手本あるいは人物構図の例本として商品になり得るケースがあり得ます。
なぜなら、絵画を志す人や漫画家等の《ユーザー選択》次第で、その《下絵》に興味を示す市場を作れるかも知れないからです。勉強のために欲しい人は《買う》でしょう。
つまり完成度とは、創作者の意図ばかりではなく、《①表明された内容紹介の真実性》と《②それに興味を示すユーザー》との組み合わせで決まるものだということです。
4.社労士業の生産性と利潤性の強化視点!
こうした傾向は、社会保険労務士事務所のビジネスにも言えるはずです。それはまず、先生方が《完成度が高い》と感じられる見識やノウハウ、あるいは完成度を《もっと高めよう》と考えておられるテーマや成果物に限らず、《相対性の下で経営者支援に完成品として使える何か》を探し出すことから始まります。
たとえば、経営者から受けた《相談》に答えた《メール文》や、依頼を受けて作った《労働条件通知書》等が、どこかに眠ったままになっていないでしょうか。そうした日常的なものばかりではなく、ある企業に向けた安全衛生講座のレジメや資料のような《まとまったツール》も、一度使った切り、放置されたままになっているかも知れません。
5.意外に眠ったままになっている宝の原石
もちろん、それらは《そのまま》では他に使えないから放置されているのでしょう。しかし、それらは《ひと手間》掛けることで《有料提案の見本》になるかも知れないのです。
《ひと手間》掛けるのは、効率性の点ではマイナスに見えますが、生産性や利潤性向上の観点からは重要なステップになります。なぜなら先の下絵も、たとえば《額》に入れれば《有名人のデッサンを飾りたい人》には高額商品になり得ますし、《学びの人達》には、分類した上で《冊子や画像ファイル》にすると、商品らしくなるからです。
同じように、メール文は固有名詞を外せば、《労務顧問契約提案》の相談サービスをイメージさせる貴重なサンプルになるかも知れません。事務所内のパソコンには《宝の原石》が眠っているとも言えるのではないでしょうか。
6.普通のものが相手次第で商品になり得る
労務顧問契約提案に際しては、経営者からの相談に答えたメール文から固有名詞を取っただけでも、『こんな風に、ご相談にお応えしています』という提示法で、場合によっては《体裁の整った提案書よりも雄弁な提案ツール》になるかも知れないのです。それは、所長先生のみならず、職員先生にも提案しやすいツールだとも言えそうです。
その一方で、多様に蓄積したメール文を、Wordで体裁を整えた文書にすると《想定問答集》にもなり得ます。その時、『そんなものを買う人はいない』と即断せず、『社労士の資格を取りたての人には重要な実践例になり得る』と捉え、更には資格試験受験を動機付けるサポート講座等の資料にもできると思えるなら、資格取得講座の主催者から《セミナーの講師案件》獲得に繋がる可能性が出ます。
7.商品化を考えない場合でも生産性は向上
そんな風に《ビジネス的》に考えない時でも、たとえば一件ごとの質問に対して、丁寧にWord文書を添付して答えるような《ひと手間》運動を、事務所内に定着させ、そのWord文書を《パソコン上で検索》しやすいような名前を付けて、《回答例フォルダー》に保存するだけで、質問回答の生産性は大きく上がり得るのではないでしょうか。1つの文書を、少しの手直しで《使い回し》できるからです。
類似文書を、相談者の業界等に応じて微修正し、業界別に整然と保管したら、もっと使いやすくなるでしょう。
ここが、効率主義と生産性主義の大きな違いで、『終わった仕事に手を加えない効率主義では、必ずしも生産性は上がらない』ということなのです。それは、過度の《費用対効果=効率発想》の弊害でもあります。
8.考える時間は実は《たくさんある》はず
以上のように捉えると、生産性や利潤性に関わるテーマは、相対的と言うより、一歩進んで《発想次第》ということになるかも知れません。従来からの伝統や発想にとらわれず、どこまで《柔軟》に考えるかで可能性が変わって来るからです。
『いや、その考える時間がない』というケースもあるでしょうが、考えるだけなら風呂の中や移動中でも可能なのではないでしょうか。肝心なのは、柔軟な発想を持つためのヒントと、思い付いたアイデアをメモ等にして《検索しやすい》形で保管する姿勢だとも言えそうなのです。
9.では《柔軟発想》とはどのようなものか
ただ、柔軟な発想力を鍛えるためには、空想力を養おうとするより、むしろ上記7及び8で申し上げた通り、《①仕事の後始末をして使った文書やデータを分かりやすいフォルダーや棚に仕舞う習慣付け》をすることや《②着手したのに途中で放置した仕事さえも検索可能な状態に置く》習慣の方が重要になります。
更には、関与先に留まらず、提案したのに断られた先や、まだ関係していないのに気になる先、あるいは紹介を出してくれそうな機関や人を記録し、折に触れて《③この人達にはどんなことが役に立つのだろうと思い巡らせてみる》機会も貴重でしょう。成果は《提供物を受け取る人の事情》によっても変わり得るからです。
10.特別のノウハウ等より大事な日常的習慣
以上のように、生産性や利潤性の獲得法が、特別のノウハウや技能によるのではなく、むしろ《平素の習慣から生まれ得るものだ》と捉え直すなら、既に申しました通り様々な《宝の原石》が見つかり始めるはずなのです。
時には、高度な勉強にチャレンジするより、日常実践を見直すことに大きな意義があると申し上げるのは、そのためです。ただし《見直し時間さえ惜しむ》ような効率主義が、しばしば《柔軟な発想》あるいは《用途や相手に応じた業務の完成》の妨げになり得るという自覚も、重要になるかも知れません。