それは《手続き》軽視が残した負の遺産か?

経営者が《ルール》の効用を実感できない理由
今更申し上げるまでもなく、いわゆる《法》には、権利や義務の内容を定める《実体法:刑法・民法・商法等》と、その権利義務の行使方法を定める《手続法:各種訴訟法等》があります。では、私たちの日常活動にとって、より大事なのは《実体法》でしょうか。それとも《手続法》でしょうか。
企業に《ルール経営》を勧めるにあたり、この再確認は案外重要になるのです。

(執筆:森 克宣 株式会社エフ・ビー・サイブ研究所)

1.いわゆる《実体法》は本当に味方か?

たとえば《損害を与えられたら賠償を求め得る》という《実体法》があったとします。それで私たちは、自分の権利を確認して、何となく安心します。しかし、その《実体法》は、本当に損害を与えられた時には《1ミリも動いてくれない》のではないでしょうか。

それどころか『自力で弁償させよう』などと実力行使に出ると、『それはダメだ。法に任せなさい』と言われるのが法治国家の実態です。

2.助けてくれるのは、むしろ《手続法》

その時《助けてくれる法》は、民事訴訟法等の《手続法》です。もちろん、《実体法》である民法695条の《和解契約》に従って、自ら賠償を実現する方法はあります。しかし、その際にも《公正証書作成》という《手続き》がなければ、相手財産の差し押さえ等、強制的な措置はとれません。

私たちの権利や義務は、結局のところ《手続法》が守ってくれていると言えるのです。

3.手続き業務が軽視された時期の遺産?

2000年の《士業広告全面解禁》を受けて、社労士業界の中では《サービス内容の競争力強化》のために、『手続き業務に留まっていてはダメだ』という声が大きくなりました。当時、就業規則や人事制度の見直し等の《実体法的支援》が、その後の社労士業に不可欠な方向性だという《声》が大きくなったということです。

特に、《就業規則の追加や改正》で、経営者が従業員を処罰したり解雇したりできるようにするという《経営者に寄り添う》支援が、盛んになっていたと思います。2000年代には、社会風潮や従業員意識の変化から、社内トラブルが激増し始めたからです。

4.経営者の中にルール指向が育たなかった

ところが経営者サイドでは、『就業規則を修正しても、結局は裁判になってしまう』とか、『ユニオンがやって来ると押し切られる』という感覚が根付き始めます。そうした事態に対応するため、これも今更申し上げるまでもありませんが、個別労働関係紛争における代理人活動や、裁判所での補佐人としての出頭・陳述、さらには労働審判への参加整備等、先生方が一定限度の下で紛争手続きに関与できる道が整えられていきました。

ただこうした動きが、特に《経営者の印象》に残したものは、何だったのでしょうか。

5.経営者の意識に残る2通りの負の遺産

もちろん、決め付けることはできませんが、就業規則のような《実体ルール》を作っても、それで社内トラブルを抑え得るわけではないという《①規則不信感》と、手続きについては専門機関に任せるしかないという《②手続無関心》だったと言えなくもないのです。これは微妙ですが、深い影響を経営者に与えます。

6.手続ルールなしには経営権は守れない

少なくともそんな中では、《手続ルール》がなければ、経営者の経営権や事業活動維持の権利を守る手段が失われてしまうという意識が、育つはずもなかったでしょう。

それを逆に捉えるなら、『手続きルールをしっかり遵守することが、実体的な権利を守ることに繋がる』という意識が育たなかった、つまり《手続き重視意識》が育たなかったという《負の遺産》かも知れません。

その《負の遺産》は、たとえば《従業員の遅刻防止》を考える時にもあらわれます。

7.たとえば遅刻防止に挑むような時でも

社内で朝の遅刻や会議等の開始時間が厳守されなくなった時、私たちはつい『違反者にどんな罰を与えれば、時間を遵守するようになるか』と考えがちです。罰は《実体法》の分野に属します。そして、その一方で『時間厳守のために、どんな(手続き)ルールを工夫すれば良いか』とは、なかなか考えないのです。

更に『罰則には多々法的な制限が加えられても、合理的な《手続きルール》ならば、自由に決められる部分が少なくない』という現実にも気付きません。

8.ルール経営《イメージ》が育つ可能性

その結果、時間にルーズな人にプレッシャーを与えるとともに、合理的な理由で遅れる人のストレスを軽減することを両立させるための《事前申請ルール》を考え出せないのです。

もちろん《定義的》には正しくない部分が多々残りますが、『自社が、比較的にでも独自に決められるのは、手続きルールだけではないか』と、経営者が捉え直すなら、ルール経営のイメージを《より鮮明に持てるようになる》のではないでしょうか。

9.手続き違反防止がもたらす意外な効果

『遅刻するなら、それに気付いた時、決められた方法で決められた人に事前に報告するのがルールでしょう。その方法(手続き)はね…』と、経営陣が言える環境や意識を作り上げることが《ルール経営の本姿》だということです。

どうしても罰を与えたいなら別途考える必要がありますが、少なくとも、その遅刻者は《人事考課》を通じて、時には単なる罰則以上のマイナスを負うことになるはずです。《会社が正式に決めた手続き》を遵守しないのは、合理的な理由がない限り、誰が見ても《問題》だからです。

10.経営が従業員の視線を取り戻すべき時

遅刻のような比較的小さな問題でも、それに対して《会社が適正な手続き》を定めるなら、従業員の目は、それまで以上に《経営方針》に向くのではないでしょうか。実体的な規則や命令は、逆に従業員の《公的な法研究》によって打破されるかも知れません。

たとえ打破されなくとも、従業員の目は《経営》にではなく、《社外の法的ルール》に向いて行きかねないのです。

11.経営者が実体的な権利を守る唯一の道

単に『こうしよう』と実体法的な決め事をするだけでは、確かに《ルール》は心もとないものでしょう。しかし、社会保険労務士事務所の手続き業務の役割の深さや、社内で決めた実体法的ルールの《諸手続き》を定めることが、自社の経営力や資産の維持強化に繋がることを、今の経営者はもっと知る必要があるのです。

そうしなければ、つまり経営者が《手続きルールの大切さ》に気付かなければ、もはや組織を動かすことが困難なほどに、従業員意識は目覚めているからです。『経営者よ、過去からの延長上での惰眠から目覚めよ』というメッセージが、今必要なのです。

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