《人を育てる》あるいは《人の指導》は、もちろん以前から簡単なことではありませんでした。しかし今、この分野で《非常にやっかいな事態》が起きていると言えそうなのです。
その事態は、人事労務の支援者である貴事務所の業務に、深く影響するのでしょうか。それとも関係は薄いでしょうか。ある経営者のお話をご紹介しますので、ご判断ください。

1.ある経営者が感じてしまう《空虚感》とは

ある経営者が『最近特に《空虚感》のようなものを、自社内で感じる』と言われます。社内の空気が重く、平易に言うなら『面白くも愉快でもない』のです。この会社の従業員は80人強で社歴は長く、社長は二代目の経営者です。
『空虚感について、もう少し具体的に話して欲しい』とお願いすると、社長は『自分でも、よく分かっているわけではない…』としながらも、次のような話を始めました。

2.人生の一部である仕事が生活の時間を独占

重苦しい雰囲気の原因を平易に言い表すと、『重要ではあっても、仕事は人生の一部であるはずなのに、生活時間のほとんどを占めていることに対する虚しさみたいなものだ』ということなのだそうです。
多くの従業員が、『またこんなことをさせられるのか。私には他にもっとしたいことがあるのに…』という感覚で働いているように見えるのです。つまり『仕事に喜びを感じていない』わけです。そして、更に大事なことは『古参の従業員が、その雰囲気を《会社の危機》だと感じている』ということだと言うのです。

3.従業員が仕事に喜びを感じないのは危機?

社長自身は、《従業員が仕事に喜びを感じていない》としても、それが即《会社の危機》になるとは思っていません。皆がプロとして《やるべきこと》をしていれば、事業は成立するはずだからです。
しかし古参社員は『冷めた雰囲気に耐えられない』と言います。そして《冷めた部下》を鼓舞しようとするのです。以前なら《居酒屋で説教》をしたのでしょうが、『居酒屋であっても仕事の話をすれば、それは業務時間だ』という感覚の素では、説教の場もありません。そもそも、酒を飲まない人も増えています。

4.仕事の指示に際して説教を付け加える習慣

そのためでしょうか。古参の管理者が、仕事の指示を出す時に説教を付け加えるケースが増えているのです。たとえば、単に自分の担当業務をこなす発想ではなく、もっと『積極的に問題指摘や改善提案をすべきだ』などと諭すわけです。部下は『はい』と言いながら、うつむいています。
それで終わればまだしも、徐々に気分が熱くなるのか、管理者は『そういう姿勢だから、お前は役に立たないんだ』等という暴言を吐いてしまうことも少なくありません。

5.古参管理者の危機意識は生産的なものか?

『それはパワハラになる』と注意しても、古参管理者には理解できません。社長にも『このまま放っておいていいのですか』と、むしろ反論し始めます。会社の在籍年数は、古参管理者の方が社長より長いのです。
そんな時『私も方法を考える』と言いながら、社長には《疑問》が大きくなるばかりなのだそうです。その疑問とは、『従業員にとって会社あるいは仕事は、積極的に問題指摘や改善提案を行いたくなるほど、魅力的なものなのだろうか』というものです。社長自身『正直に言うと、そんなに面白い事業をやっているわけではないと思う』のだそうです。

6.仕事に意欲や根性が必要かという《自問》

そんな《本音》の中で、社長は《現場担当者の参画意欲が薄過ぎる》ことと《古参管理者の意欲が熱過ぎる》ことは、両方とも問題だと感じてしまいます。そして《意識が低い現場に対する危機感》が行き過ぎた説教を生み、《説教に対する嫌悪感》がパワハラ指摘による逆襲を生むのではないかと捉えるのです。
そして社長は『仕事は仕事として、やるべきことをすれば良い。自分の価値観を満足させる活動は仕事以外に各人が求めるべきではないか』と考えるわけです。

7.仕事に意欲や根性が必要か、への《自答》

もう一歩踏み込むなら、《意欲がみなぎっていない》ことが会社の危機ではなく、何がどうであれ《すべきことが明確に命じられていない》ことの方が問題ではないかと言うことです。
得意先回りの部下に《根性を注入》するのではなく、先々で《何をどうするか》を具体的に指示するなら、今の人達は『器用に用事をこなして来るのではないか』と社長は見ているわけです。当社は《部品メーカー》ですが、その部品は時代を追うにつれ、益々細分化され、今や『どこに使う部品なのか』さえ分からない製品が増えて来ています。

8.『すべきことだけをする』という現代感覚

『それこそ、得意先での情報収集で分かることだ』と、古参管理者は言いますが、『実のところ得意先でも最終商品が分かっていなかったりする』と、社長は苦笑されます。
そんな中では『もっとドライに、もっと直接的に働くべきではないだろうか』と、社長は考えるのです。それは、気持ちが乗っても乗らなくても、『まずは、すべきことだけをすればよい』ということです。
その際《不足点》が見つかっても、特別に騒ぎ立てず、『見つかった不足点を補うことを《すべきこと》に加える』という、こう言ってよければ、非常に素朴な考え方を、社長はするのです。

9.まずはプレッシャーと時間不足からの解放

そんな考え方で、《あれこれしなければならない》というプレッシャーや《時間がない》という焦燥感を軽減出来たら、確かに『仕事を嫌う現場の姿勢も変わり得る』のかも知れません。何と言っても、仕事は生活基盤を支えるもので、誰にとっても《どうでもよいものではない》はずだからです。
そのため、社長は『部下の内面を圧迫するな。結果が出ればそれでいいじゃないか。結果が出ない時は、説教よりも《具体的方法》を管理者と担当者で探し出せばよい』と考えていれば十分ではないかと指摘するのです。しかも『そう捉えれば、パワハラ問題も起こりにくくなるだろう』とも言われます。

10.ドライなストレートを望み始めた現代感覚

たとえば、遊園地に行って『あれはパパが設計したジェットコースターだよ』と子供に自慢し、自分自身にも満足感を与えられた時代は過去のものかも知れません。今や設計のような全体が見えるはずの仕事でも『パパは、あのジェットコースターの安全装置の一部を設計した』としか言えないかも知れないからです。
そんな細分化あるいは専門化の中では《やる気》より《責任範囲と求める業務》を明確化し、『従業員を必要以上に悩ませず、各自の個人的な時間をも大事にする』というバランス感覚が必要かも知れないのです。
もちろん、そうではない職種や業種も多々あるでしょうが、『精神論と業務を一旦《ドライ》に切り離して、必要事だけに《ストレート(素直)》に取り組む』という発想も、考慮すべきものの1つになって来ているのかも知れません。

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