ハラスメント対策の研修や指導は『経営者を巻き込まなければ機能しない』と言われます。それはなぜなのでしょう。その理由を考えてみると、社会保険労務士事務所に求められる研修や支援の方向性が明らかになって来ます…。

1.ハラスメントの発生源は《どこ》にあるか

なぜ職場で《ハラスメント》が発生するのでしょうか。あるいは『ハラスメントの発生源はどこにあるか』と問うた方が良いかもしれません。なぜなら、普通の気分で普通に活動している時、私たちは《敢えて人を傷付けたい》とは思わないはずだからです。
私たちがハラスメントに至るには、《普通の気分》ではいられない《何か》があるに違いないのです。それはいったい《何》なのでしょうか。

2.責任のプレッシャーが《パワハラ》の遠因

もちろん、そう単純でもないかも知れませんが、上司が部下に対してパワハラに走る背景には、自分が背負っている《責任のプレッシャー》があるかも知れません。今日中に《上》が求めるレベルの業務を完成しなければならないのに、意欲のかけらも示さない部下には、当然腹が立ちます。
チームで引き受けたノルマを《自分事》と感じていない部下にも、イライラして来ます。『全部、(管理者である)この私がしなければならないのか』と。そして、その怒りやイライラが、部下のちょっとした言葉遣いや態度への《攻撃》となって表れてしまいやすいのです。

3.上程の責任を負わない部下への過度の指導

そんな《攻撃》あるいは《叱責》を受けた部下は、『私の態度は普通なのに、そこまで言われるか』と、理不尽を感じます。そのため反抗的になるでしょう。そんな部下に対して、今度は上司が『部下の至らなさに、自ら気付かせなければならない』と感じます。
その際、『君のこういうところが嫌だ』と、はっきり言えばよいものを、そんな風に言うと《管理者失格》の烙印を押されかねないため、あれやこれやの手を使って《部下に自分の非に気付かせよう》としてしまうのです。その効果がなかなか出ない時、当初の目的さえ忘れ、単なる《いじめ=ハラスメント》に発展するケースもあり得るでしょう。

4.競争のプレッシャーが《セクハラ》の遠因

もし『部下が至らないのは上司の責任ではなく、部下自身の責任だ』という空気が社内にあれば、その管理者は、部下の不適切な言動に際して、むしろ《部下を救おうと頑張った》かも知れません。しかし、『こいつがダメだから、その責任が私に来る』と思ってしまうと、ハラスメントに陥るわけです。
ドラマ等では、優秀な部下に追い抜かれないようにするためにハラスメントに走る上司が描かれることがあります。それも的を射ているのかも知れませんが、そんな《競争のプレッシャー》によるハラスメントは、むしろ《セクハラ》の方に表れやすいとも言えそうなのです。

5.好ましい仕事やポジションの獲得競争が…

ほとんど無意識かも知れませんが、女性の職場進出を愉快に思わない男性は少ないとは言えないでしょう。たとえば、日本人がアメリカに出稼ぎに行くような場合、よく働く日本人が《職を奪う》として、人種バッシングに走ることがあると言われます。セクハラは、それに似ている部分が大きいと言えそうなのです。
自分にとっての好ましい仕事やポジションの《獲得競争》が、セクハラ気分の背景にあるということです。
たとえ『職を奪われる』危険はなくても、自分はストレスをギリギリに抑えながら働いてるのに、自分とストレス源を共有していない女性を見ると腹立たしさのようなものを感じることを通じて、一種異様な《興味》を抱きやすくもなり得ます。それが《不当なちょっかい》に繋がるケースが出るのです。

6.なぜ男性は職場の女性を蔑視してしまうか

逆に、組織に溶け込まない女性やマイペースで仕事を楽しんでいるかのように見える女性に対しても、男性は『ここは男の戦場なのに、それを意に介さないのか』という憎しみを抱き、『女はいいなあ』と、歪んだ意識を持ちやすいのです。そして《女であること》を思い知らせたくなります。
競争にさらされていなければ別に何でもないことが、競争社会の中では感情が強く刺激されてしまう要因になりやすいのでしょう。
そんな状態が、1986年男女雇用機会均等法施行後もしばらくは続く中で、徐々に女性の社会的地位が向上する中で、セクハラ問題が《表》に出たのだと思います。

7.ハラスメントが表面的な課題ではない理由

もしそうだとすれば、『これをしたらパワハラになる』『こんなことはセクハラとみなされる』という規則や研修を行うだけで終わるのは、火事の現場で、その火元になっている《ガス栓》を閉めずに必死に消火活動に取り組んでいるのと同じに見えて来ます。
それでは、火が消えないばかりか、更に大きくなって取り返しのつかない事態を招きかねません。以前は、ガス栓が開いていても火事にならなかったのは、誰も、そこに《火》を持ち込まず、ガス臭を我慢していたからでしょう。経営者は、このことを認識する必要があるわけです。

8.本当に組織運営にプレッシャーは必要か?

組織の中の《ガス栓》は、現場の人材は威圧し、プレッシャーを与えなければ成果活動には向かわないという経営者の《習慣的な思い込み》の中にあります。そして経営者自らが、そうした習慣的文化を蔓延させてしまうと、今の人材が《そこに火を付ける》ことになるという理解が、経営には大事だということです。
ハラスメントの加害者も被害者も、自らが《火の元》になることによって、『経営者に思い知らせている』というのが、今日の状況に《ピッタリ来る表現に近い》かも知れません。
それは、これまで責任を負わず、競争にも参画しない従業員に《思い知らせる鉄槌を下す》ことで組織を運営して来た経営姿勢を《鏡に映したかのような》反撃だとも言えるのです。

9.市民革命の副作用的な組織破壊を回避する

ただし、経営者に『反撃されているよ』と指摘しても、争いが激化するだけでしょう。そうではなく、経営者自身が、まず《ガス栓》を閉める方法を知る必要があることへの《理解促進》が重要なのです。
そのために、ハラスメントの源泉を知る必要がありますし、威圧的な方法以外にも効果的な組織経営法があると《伝える》ことが肝要になるのです。ハラスメント問題に経営者を巻き込むというのは、簡潔に言うなら《ハラスメントの源泉と新たな組織運営法の明示》に他ならないと言えるかも知れません。
まだまだ手を加える余地があるかも知れませんが、そうした問題の捉え方から組み立てた《ハラスメント研修》をベースとして、先生方の《ハラスメント指導方針》を具体的に確立していただきたいと考えています。そうしなければ、いわば《市民革命の副作用》のように、組織の大事な基本秩序までもが破壊されかねない状況に、今さしかかり始めているからです。

 

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