『夫婦で《売り手と買い手の間にある壁》を意識させられた』と言う経営者がおられました。そして『まず、その壁を意識することが大事だと気付いた』とも言われるのです。
そのきっかけは、2つの《小さな事件》でした。

1.初めての歯科医院で発生した事件とは?

ある経営者が、緊急に近所の歯科医院を訪れました。歯の《かぶせ物》が外れたからです。ただ、そのかぶせ物は、公的保険対象外の高価なものでした。歯科医はしっかり接着してくれたようですが、1週間もしないうちに《その高価なかぶせ物》は割れてしまうのです。クッキーを食べている時でした。
柔らかいものを噛んでいる時に割れたため、経営者は『どんな接着をしたのか?』と、尋問気味に歯科医に尋ねます。そしてその時、経営者は、かつて治療を受けた歯科医から聞いた話をも付け加えました。

2.つい口にしてしまう《反撃》の一言が…

クレームを受けたと感じた歯科医は、経営者が付け加えた以前の歯科医での話に対して、『患者さんは自分に都合のいいことしか覚えていませんからね』と反撃します。社長はその言葉に『はらわたが煮えくりかえった』と言われますが、感情を抑えて、その日は新しい《かぶせ物》を付けてもらいました。
社長の怒りの起点は『歯科医も《その高価なかぶせ物》が何なのか、すぐには分からなかったことを都合よく忘れている』ということでした。ただ近所故に事を大きくはせず、後日別の歯の治療で、その同じ歯科医院に予約を入れたのです。ところが医院に出向いた後で、歯科医に『お帰り下さい。あなたを満足させる技術は、私にはございません』と追い返されたのです。歯科医は、再びクレームだと思ったのでしょう。

3.悪質な便乗値上げだと感じるものでも…

『近所だからという理由だけで歯科医院を選んではいけない』と自戒しながら、経営者が家に帰ると、今度は夫人が、何やら腹を立てた顔をしています。
事情を聞くと、『今年のリンゴはモノが悪いのに値が高い。あのスーパーは、見る目がないくせに便乗値上げだけはする』ということのようでした。『今年の夏は暑かったから、そのせいではないか』と言う経営者に、夫人は『そうなのかしら』と言いながら、スマホで検索を始めました。

4.調べてみるだけでも《納得》できること

産地にもよるでしょうが、その年には《4月の凍霜害》と《夏の暑さ》と《収穫期の強風》のトリプルパンチで、壊滅的な被害を受けたリンゴ農家も多かったというネット記事がありました。しかも、対照的に前年は豊作だったと言うのです。スーパーは質の悪いリンゴを値上げしたのではなく、リンゴ相場が変わっただけだったのでしょう。
夫人は『店から、一言でも説明があったら《誤解》しないで済んだのに』と悔やんだそうです。夫人は、ケーキ作りのために、どうしても、美味しくて見栄えの良いリンゴが欲しかったのです。

5.売り手と買い手の間に生じがちな高い壁

同じような現象は、たとえば社会保険労務士事務所が、就業規則や人事制度を企業に勧める時にも発生するかも知れません。
歯科医や果実買付担当者側(プロ側)には《常識》に思えることを伝えても、顧客側は、事情を知ろうともせずに勝手なクレームを出すと感じてしまうようなケースが起こり得るということです。
その一方で、顧客側は『専門的な仕事をしている人は、顧客の理解を促進しようとはせず、言い訳(専門用語)を並べるだけだ』と感じているかも知れないのです。

6.顧客側の感じ方は事業の効率にも大影響

ビジネス対象が《どう感じているか》は、ビジネス運営にとって、決して小さい要素ではありません。たとえば、不作のリンゴを売る時、『今年は、気象条件が厳しかったですが頑張りました』という農家のコメントをディスプレイするだけで、顧客は売り手の誠意を感じて信頼感を深めたかも知れないからです。それは、その後の購買姿勢に多大な影響を与えます。
一方で歯科医は、『歯のかぶせ物には耐用年数がある』と説明し、その耐用の限界が《再接着》で早く訪れたのではないかと説明すると、患者の姿勢は変わったかも知れません。

7.ビジネス関係上で不足しがちな相互理解

では、なぜ歯科医やスーパーは《説明不足》に陥りがちなのでしょうか。その理由は様々でしょうが、最も大きいのは、実は《患者や買い手がどんな要望を持ち、どんな不満を抱くか》を分かっていないからだとも言えそうなのです。
リンゴの見かけが悪くても、《味(品質)に変わりはない》し、《自店は相場で売るだけだ》という常識の中で、買い手がそのリンゴをケーキのメイン材料にしたいなどとは考えもしません。もしそんな事情に関心を持つなら、『今年のリンゴは見栄えは悪くても、味では決して劣りしません』というディスプレイを、ユーモアたっぷりに《ポップアップ》出来たかも知れないのです。

8.関与先の理解が士業活動の実りを左右?

インフレ傾向の中でも、士業はコスト増を簡単に価格に転嫁できるビジネスではないと思います。しかも、関与先が世の中の変化で右往左往する昨今、《無理な要望》が多々出て来ることで、対価の乏しい仕事が増えているかも知れません。
しかしそんな中で、もし《士業と企業がお互いをもう少し理解》すれば、誤解や行き違いが減って、お互いのメリットが増えると感じる時があるなら、《売り手と買い手の相互理解》について考え直してみるのも無駄ではないと思えて来ます。

9.関与先が抱く疑問点への注目から開始!

たとえば企業経営者は、なぜ就業規則集を自分の机の引き出しにしまい込むのでしょうか。なぜ人事評価制度は、大企業用の制度だと思い込むのでしょう。なぜ社内組織をルール(社内規程)で経営する効果を、頭から疑うのでしょう。
その《なぜ》を、具体的な形で把握しようとするだけで、企業経営者の《協力》や《積極姿勢》を得る道が見つかるかも知れません。それは、単に敬意や信頼の獲得に留まらず、社会保険労務士事務所の負担を軽減し、収益性を拡大する方向に進ませる起点にもなり得るはずなのです。
ただ専門的手法を習得するだけではなく、関与先が抱く《疑問》を可能な限り客観的に受入れ、専門見識やノウハウパッケージの公開でもなく、関与先が《必要》だと感じ、しかも《できそうなこと》だけを提案あるいは提言しようとするなら、それが面倒だと思わない限り、社会保険労務士事務所ビジネスは、更に実りが大きいものになって行くのではないかと感じないではいられないのです。