たとえば『せっかく新車を買ったのに、1ヵ月の走行距離が200km程度ではもったいない』と言われることがあります。しかし『せっかく人を雇ったのに、1ヵ月の働きがこの程度ではもったいない』と、私たちは本気で捉えているでしょうか。
特に昨今、《人の働き》への経営感覚が、本当に強く問われ始めているのです。

1.無意識に《さぼる技能》を磨かせている?

『叱られない程度に手を抜く(さぼる)』というのは、1つの《技能》のようなものかも知れません。ところが、叱られた時には従順な姿勢を見せ、叱る主体(たとえば管理者)が安心し始めたら《さぼる》という繰り返しの中で、適当な《頃合い》を測り始めたら、人は、十分に働かなくなるばかりではなく、成長もしなくなります。そして、そんな人に会社は給料を支払い続けることになってしまうのです。
ただし、もう1つ忘れがちな面を捉えなければなりません。

2.叱られる時間も叱る時間ももったいない!

部下を働かせるために、がみがみと叱ったり、今は許されなくなったパワハラをしていた管理者は、経営者の期待に応えていたのでしょうか。『せっかく管理者にしたのに、部下を叱るだけではもったいない』と捉えなくて良かったのかと、考えてみるべきかも知れません。管理者が部下を叱る時間も、合理的に捉えるなら、無駄な時間、つまり《浪費》かも知れないのです。
そんな風に視点を置くと、昨今の《ハラスメントの禁止》は、組織経営を考え直す上で、非常に建設的な方向性を持っているとも言えそうなのです。

3.果たして《叱らない》でも人は働くのか?

ただ《叱らないで人は動く》のでしょうか。否、本来は《叱ることでは人が働くようにはならない》ケースの方が多そうです。叱ることで伸びる部下の能力は『上の顔色を見る技能ぐらいだ』という指摘もあるからです。
では、叱らずに人を動かすためには、何が必要なのでしょうか。もちろん、自主的に働く人材には必要ないことかも知れませんが、一般には《その人の役割を明確に定める》ことが重要になると言えます。たとえば、遊牧民の子供には、毎日遠方の井戸に水を汲みに行く習慣があるそうです。日本に来ているモンゴル出身の力士は、『子供の頃《日々の水汲み》で身体が鍛えられた』という話をする人が少なくありません。

4.取り組んだのは《自分の役割》だったから

しかし、水を汲みに行く子供は『それが僕の役割だった』と言うことも少なくないのです。家族がそれぞれに、放牧生活の中で《役割》を担います。その役割の1つが水汲みなのです。
しかも、その水汲みを怠れば、家族の生活は一気に窮してしまいます。単純作業を受け持つ子供は、同時に《大きな責任》を担うのです。そのため《叱られるから》ではなく、《自分の責任を果たす》ために、毎朝、当たり前のように水を汲みに行くわけです。その道のりは、片道2km、あるいはそれ以上あったりするのだそうです。

5.叱るよりも重要な自分の責任への理解促進

さて、会社の中で各人が《責任を感じる》程の役割分担ができているでしょうか。できているとしても、それが当人にも周囲にも《明示的な役割》になっているでしょうか。
部下がミスをした時、叱ると上司や管理者の気分はスッキリするかも知れません。しかし、叱られた側は『たまたま失敗しただけ』と感じて反省をせず、叱られたことで《禊(みそぎ)を済ませた》気分にさえなるかも知れないのです。
逆に『その失敗が、他のメンバーや会社の利益や信用をどんなに害しているか』が理解される時、失敗克服のモチベーションは、否が応でも高まるのではないでしょうか。

6.役割の明確化は《存在の認知》にも繋がる

従業員保護の傾向が進み、労働に関する社会的な意識も大きく変化して来ている昨今、《個々の従業員の役割の明確化と明示化》は、組織経営上最も重要な課題になって来ていると言えます。
それはもちろん《役割がムチの代わりをする》からではありません。私たちは、自分の役割が明確に示される時、意気に感じ働く意欲を高めるからです。なぜなら、《役割の明確化》は、組織の中で《自分の存在が強く認知された》ことを意味するからでしょう。
子供が《水汲み》によって、遊牧生活の一翼を担う存在だと自覚するようなものです。

7.飴とムチより《役割明示》の成果が大きい

以上のように捉えると、社内で現場のモチベーションを高めるためには《各人の役割》を定め、それを組織内で《明確化》することが、現代の社会感覚に最も符合する方法だと言えそうなのです。飴やムチも、時には必要でしょうが、それをメインにはできなくなったということです。
なぜなら、飴やムチが《現場の担当者の要領磨き》を誘うばかりではなく、ムチの濫用で《役割を果たした気分になる管理者》を産出し続けて来たからです。特に《ムチの悪弊》は、パワハラが法律上で禁止される事態にまで至りました。

8.ただし役割は決して固定的なものではない

逆に、《役割》が明確ではない人材を雇っているのは、それほど使わない機器を社内に置くのと同様、あるいはあまり乗らない新車を買う時と同様、『もったいない』かも知れないのです。
もちろん、《今後の成長が望まれる》段階の人材には、あまり明確な《役割》は置けないかも知れません。しかし、その時でも《将来どんな役割を担うのか》は、明確にしておくべきでしょう。
ただし《役割》は固定的ではありません。時々の状況に従って、柔軟に変更して行くものでもあります。そして、その役割の明確化と必要に応じた変更こそが、組織マネジメントの神髄なのだと思います。

9.高齢者のモチベーション課題のみならず…

しかも、こうした《役割視点》に立つと、再雇用高齢者のモチベーション課題にも、大きな前進が見られるはずです。高齢従業員にも《そこそこ》働いてもらうのではなく、明確な《役割》を期待すべきなのです。それが高齢従業員の働く意欲の源になるばかりではなく、組織の業績獲得源にも繋がって行くからです。
そして、社内の各人の役割が明確になって行くと、業務管掌や人事評価制度の見直しが始まり、それが社会保険労務士事務所のコンサルティングへの企業期待の高まりに繋がるとともに、組織のまとまりを確保するための多様な社内規程へのニーズが生まれ、先生方の《新たな活躍の場》が生じる可能性が高いのです。

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