社会保険労務士事務所に限らず、顧客に振り回されるのは、サービス業の特徴かも知れません。モノの売買時のように、サービスと対価の関係が固定的ではないからです。特に、専門業である社会保険労務士ビジネスは、関与先にその詳細が分かりにくい分、対価関係は一層微妙になるでしょう。では、顧客に振り回されるのを回避する方法があるのでしょうか。

1.振り回しに来る相手が問題児なら問題外?

顧客がいわゆる《問題児》であれば、事業者を振り回す理由は、単に『気に入らない』という程度の主観的なものかも知れません。しかし、それは『顧客にしない』ことで回避されます。問題児への対応は、ほとんど常に、費用が効果を上回るため、関係解消がデメリットにはならないからです。
ただ普通の関与先、あるいは優良先が《無理な要望を出して来る》時、確かにサービス主体は混乱してしまうかも知れません。たとえば『今月末までに1人採用したいから、それを手伝ってくれ』等と依頼されるような時が、それに当たります。あるいは、今月無断欠勤した従業員いるから、その人には給与支払いを止めて欲しい等と依頼される時です。

2.忙しい時期に問題を持ち込まれる場合も…

『それは無理だ』とお断りしても、『給与を支払わないためには就業規則や給与規程等の裏付けが必要だ』と指摘しても、『人事労務の専門家じゃないか』と言われると、引っ込みがつかなくなる時もないとは言えません。
そんな無理な話でなくとも、社会保険の算定基礎届等で多忙な時に、社内問題の相談を受けるのも容易なことではないでしょう。しかも、時間を工面して対応法を考えても、『あっ、あれはもう解決した』等と、あっけらかんと言われると、我慢の限界を超えることもあり得ます。

3.どんな時に顧客は事業主体を振り回すか?

ただ、どんな時に顧客は事業者を《振り回して》しまうのでしょうか。それは通常、自分で対応する余裕が持てない時や《ワラにもすがりたい時》でしょう。
もちろん、先生方が《ワラ》だと申し上げているのではありません。そのワラの正体は《言質》なのです。《言質》とは、『あの時、そう言ったではないか』と思えるもので、『困った時はご相談ください』とか、『給与に関することなら、何でもお引き受けします』という類の《言葉》です。

4.言質にされた言葉にも具体的な背景がある

本来、そうした言葉には《背景》があるはずですが、困窮した顧客には、それを思い出す余裕はないでしょうし、そもそもこの言葉の意味を理解していないかも知れないのです。
その意味とは、大きく分けて《困った時》と《相談》の2つに分けられるかも知れません。そして、先生方が口にされる《(経営陣が)困った時》とは、本来『社会保険労務士事務所の専門分野で経営が問題にぶつかった時』を意味するはずなのです。
たとえば、採用に関わる手続きやコンサルティングは、社会保険労務士事務所の専門分野ですが、採用そのものは企業が行うべきことです。同様に『給与の不払い』は、社会保険労務士事務所の専門見識を外して行えるものではありません。

5.《相談》が意味する内容も相互理解が必要

更には《相談》とは、依頼を社会保険労務士事務所が引き受けるかどうか、引き受けるなら費用が必要かどうかについて《情報交換をする場》であり、依頼そのものではありません。『何でも相談してください』という言い回しが『何でも引き受けます』という誤解になっていることを、経営陣に理解させなければならないのです。
では、どうすれば『社会保険労務士事務所の専門性の範囲内で、相談の上、状況が許すなら引き受ける』というスタンスを経営陣に理解させることができるのでしょうか。

6.相互理解の促進のために必要となるツール

一口に言うなら、その《理解促進ツール》が、提案書という《形》が残るサービス内容の告知なのです。提案時に経営者が誤解しても、提案書が残っていれば『こういうお約束でしたよね』と、場を落ち着かせることも容易になり得るはずです。
『契約の範囲以外の要望は全て断るのか』と言われれば、もちろん『そうではない』と申し上げられます。ただ、一方的に依頼を受けるのではなく、《何をいつまでにどうするか》、《そしてその費用を誰がどう負担するか》について、冷静に判断をして、新たな約束(契約)の上でないと、仕事は受けられないというスタンスの《形ある開示》を行うところにポイントがあるわけです。

7.振り回し回避に留まらず建設的な道を開く

それは逆に、『経営者が冷静なスタンスで相談を持ち掛けるなら、難問でも応分の対価で仕事を引き受ける』という前向きの姿勢の表明でもあります。
《口約束》では、顧客は引き下がらないかも知れません。もともと無理を承知で、《言質》を取って来ているのですから、その熱に冷水を浴びせる《証拠》がなければ、顧客も引っ込みがつきそうにないからです。
提案時に提案書を提示するだけではなく、それがいつでも引き出せる《形》にしておくことには、契約促進以上の意味があるわけです。

8.提案書は受注時だけに必要なのではない!

《モノ売買》とは異なり、売り手と買い手の《相互理解》の上で成り立つサービス業には、証拠として残る文書が必要になります。
その意味では、労務顧問や給与計算代行等の《提案書》ばかりではなく、採用支援や社内トラブル支援、あるいは給与体系や就業規則の見直し、更には多様な社内規程や人事制度への取組み等の《具体的業務》に関して、それが有償であれ無償であれ、《覚書》が重要になると、経営者にも分かって来るはずなのです。専門家は自らの姿勢でクライアントの姿勢を変えることができるわけです。
もちろん《覚書》があれば、問題が起きないわけではありません。覚書の範囲を超える業務が発生するケースも少なくないからです。しかし、その時でも《相談》の意味が共有されていれば、有効な話し合いで、建設的な結果を出すことは、そんなに難しいことではなくなるはずなのです。

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